I-OPEN PROJECT

GOOD DESIGN
海のない場所で
魚を育てる、
サスティナブルな
水産業の追求。
I-OPENER’S STORY
十河 哲朗
株式会社 FRDジャパン 取締役COO
十河哲朗さんのプロフィール画像

I-OPENER’S STORY #02

水処理技術を応用して生まれた、陸地での水産養殖

「庶民の食卓から魚が消える?」。豊かな水産資源に恵まれている日本では想像しにくいことですが、世界の現状を見ると、そう楽観視できません。人口増加によって世界の水産物消費量が増え続ける中、天然漁獲量はすでに頭打ち。打開策として海面養殖も行われていますが、海にかける環境負荷が大きく、新たな社会問題となっています。そんな硬直した現状を大きく変えるかもしれない技術が、日本から生まれました。率いるのは、30代の若きリーダー。海のない場所での閉鎖循環式陸上養殖に取り組む、ある企業の挑戦を聞きました。

消費地に近い陸地で育てて、鮮度が高いまま届ける

Q. まずは、御社が手がける「おかそだちサーモン」の概要を教えてください。

十河:「おかそだちサーモン」は、閉鎖循環式陸上養殖で育てたトラウトサーモンの自社ブランドです。埼玉にあるプラントで卵を孵化させてから9ヶ月目まで育て、その後は木更津のプラントに移して、成魚になるまで育てて出荷します。現在では、生活協同組合(CO・OP)、オイシックス、千葉県の地元スーパー等で販売しています。消費地のすぐ近くで水揚げできるので、冷凍の必要もなく、鮮度の良いサーモンがそのまま店頭に並びます。コリっとした歯ごたえ、上品な脂のりで人気となっています。

おかそだちサーモンの写真

Q. 数ある水産物の中で、なぜサーモンを選んだのでしょうか?

十河:日本に出荷される食用サーモンの約8割は、ノルウェー産もしくはチリ産の海上養殖サーモンです。海水温など地理的な条件が適していることから、世界のサーモン生産量の大部分がこの地域に集中しているのです。私は前職の商社時代にサーモンを担当していて、ノルウェーやチリにも足を運んでいました。現地の海上養殖はすでにパンク寸前で、チリ政府も「これまでのようにサーモンの養殖ライセンスを新規発給することはできない」と宣言を出すほど。それでも、サーモンの需要は右肩上がりで伸びていて、需要と供給のバランスが釣り合わなくなりつつあります。このままでは、価格が高騰し、身近な食材ではなくなってしまう。この状況を目の当たりにし、もしサーモンが国内で安定的に養殖できれば商機にもなると考えたのです。

水処理技術を応用して作った、養殖プラント

Q. 現在の水産業界の課題や、水産物を陸地で育てる意義について教えてください。

十河:近年、魚介類が持つ健康食としてのイメージや、生魚を食べる文化の広がりもあって、水産物消費量は世界的に増え続けています。海のない地域でも、寿司を食べる光景が見られるようになってきました。しかし、水産業は海の恵みに依存した業界です。世界的に天然漁獲量は頭打ちしていて、特に日本では減少してしまっています。この状態が続けば、日本でも魚が今のように食べられなくなる時代がやってくるかもしれません。サーモンに限らず、さまざまな魚種でこの問題は起こっていて、複数の魚種において海上養殖が盛んに取り組まれるようになりました。しかし、海上養殖は海の自浄作用を超える規模で実施してしまうと、餌や魚が排出する糞が海洋汚染へとつながるケースも出てきています。

十河哲朗さんの写真FRDジャパンは2013年に創業。商社より2017年から出資を受け、2018年に十河さんがジョイン。最初の2年で漁獲量と品質の安定化をはかり、2021年2月に「おかそだち」と名前をつけた頃から、市場で注目を集めるようになった

Q. そこから陸上での養殖事業に至る経緯を教えてください。

十河:私が商社にいながら、そんな世界の現状に心を痛めていた頃に、ある出会いがありました。水処理技術を研究していた現在のCEO 辻や、水質分析のプロであったCTO 小泉との出会いです。そして、彼らとともに、人工海水を循環処理することで、陸上養殖が可能になるかもしれないと、研究開発を進めることになりました。当時は商社の立場で彼らの事業に出資していたのですが、実証実験を成功させ、私自身もCOOとしてFRDジャパンに参画することになったのです。

FRDジャパンの写真

Q. 陸上養殖のメリットは何でしょうか。

十河:まずは、海や川と切り離された場所で行うため、海や川への直接の排水がなく、地球にやさしいこと。そして、台風や津波などの自然災害の影響を受けずに、海水からの魚病侵入のリスクが少ないため、抗生物質などを使わずに安定生産ができます。これは、食の安全にもつながります。さらに、いつでもどこでも、海のない地域でも養殖ができるため、消費地の近くで育て、輸送コストやCO2排出を減らして消費地まで届けることが可能です。少し大袈裟ですが、私たちFRDジャパンが開発した「閉鎖循環式陸上養殖システム」を使えば、安心安全な魚を、安定的に砂漠で育てることだってできるようになるのです。

循環装置の写真循環装置の一部。魚から出た不純物(主にアンモニア)で汚れた人工海水を、黒いチップに付着させたバクテリアを入れた浄化槽で処理し、循環させる。通常の養殖では全体の約3割の水を入れ替える必要があるが、FRDジャパンの技術により、水替えは原則不要となった

陸上養殖に参入したい企業を、技術でサポート

Q. 知財化への工夫や取り組みについて、教えてください。

十河:最初に特許を取得したのは、濾過システムです。理論上は、魚を飼育する海水を濾過し、汚染物質を完全に取り除くことができれば、外から海水を運び込まなくても、循環システムが作り出せます。しかし、当時、技術者が持っていたのは排水処理の技術だけで、魚が住める環境にするものではありませんでした。きっかけは、辻が行きつけの居酒屋さんで飲んでいた時に、大将に相談されたことです。「いけすの魚が死んでしまうんだが、あんたたちのやっている水処理の技術で、何とかならんもんか」と。ここから、私たちの壮大なチャレンジが始まったのです。

水槽写真サーモンは成長段階に応じて、大きな水槽に輸送されていく。サイズにより、ストレスなく動き回れる水槽の大きさや水量などが変わってくるためだ。工程のほとんどは自動化されているが、日々の点検は欠かせない
管理室のモニターの写真
水質検査の写真管理室では、モニターを使ってポンプやブロアが正常に機能しているかを確認。水質検査も毎日行い、記録に残している

十河:陸上養殖は、世界から注目されている手法ですが、まだ商業ベースに乗せられた事例は知られていません。私たちは、国内でサーモンの育成から販売まで一気通貫で手がけていますが、海外では陸上養殖に参入したい企業に対してライセンスとして技術的なサポートを行う形も検討しています。そのために、自分たちの技術のどの部分を知財化するべきか、慎重に検討を進めています。今手がけているのはサーモンですが、私たちの水処理と陸上養殖の技術は、養殖可能なあらゆる魚介類に転用できるため、世界展開も視野に入れて考えています。

ASC認証の写真ASC認証とは、水産養殖管理協議会が管理運営する国際認証制度。環境汚染や労働環境など、サスティナブルで責任のある養殖を行う機関だけが認証を受けることができる

海のない国の、子供たちへ

Q. 今後の目標や、達成に向けた努力について、聞かせてください。

十河:私たちの活動は、幸いなことに多くのメディアに取り上げられ、注目していただいています。消費者から「おいしい」と嬉しい声もいただきます。しかし、現状の年間30トンという設備キャパシティでは、業界にもたらすインパクトは微々たるものです。最低でも年間2,000トンを安定して水揚げし、採算ベースに乗せることで、ようやくスタートラインに立てることになります。そのために、いかにスケールアップさせていくかが今後の課題です。

トラウトサーモンの写真川も海もない環境で育ったとは信じられない、健康そうなトラウトサーモン。約50cm、重さ2.5kgと理想的な個体だが、プラントをスケールアップさせても同様に育つのかはまだ未知数という。生き物を相手に生産管理することの難しさがある

十河:年間2,000トンとなるとプラント規模が現在よりもかなり大きなものになります。このスケールアップに伴うリスクにどのように取り組むかというのが次フェーズの焦点になります。工業製品ではなく、生き物が相手ですから、日々の操業面でも多くのチャレンジがあるのは当然のことですね。私自身、小さな頃から魚が好きで、魚類に関わる仕事がしたいと思ってきました。それが今は、魚を身近に感じられる社会が無くなるかもしれない。だから私たちがこの事業を通じて、未来の子どもたちにも豊かな魚食文化を残していきたいと、使命感に燃えています。そして、いつかは私たちの技術を使って、海のない国の子供たちにも、当たり前に魚が食卓に上るような環境が作れたら、さらに素晴らしいことだと思っています。

十河 哲朗(そごう・てつろう)
株式会社 FRDジャパン
取締役COO

1984生まれ。父の実家が香川で、幼少期から釣りに出かけたり、魚を飼育したりと、魚類に親しんで育った。京都大学農学部卒業後、三井物産に入社。自ら希望して水産物の輸入販売担当となり、世界の漁場とその現状を見る。水処理大手メーカーから独立し、2013年にFRDジャパンを創業した辻洋一氏と、水分析を手掛ける共同創業者の小泉嘉一氏と出会い、三井物産からFRDジャパンへの出資を実現。その後自身もCOOとして参画。陸上養殖で未来の魚食文化を創造するべく、奮闘している。

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