- 100年続く
農業のために、
ピーマンから始める
農業DX革命。 -
- I-OPENER’S STORY
- 秦 裕貴
- AGRIST株式会社 取締役CTO
I-OPENER’S STORY #03
世界の人口増加を背景に、食糧危機が喫緊の課題となっています。一方、国内に目を向けると、農業は高齢化が進み、人出不足が深刻化。農業人口は下降の一途をたどっています。そんな状況をテクノロジーの力で打破すべく誕生した農業ベンチャーが、宮崎に拠点を置くAGRIST株式会社。地元のピーマン農家と共同で収穫ロボットを開発し、2022年秋の商品化を目指しています。100年先まで続く、持続可能な農業の実現に向けて。農家の経験とエンジニアの技術力が掛け合わされ、新しい可能性が生まれようとしている宮崎の現場を取材しました。
ニーズありきの技術開発
Q. まずは、AGRISTの事業内容について教えてください。
秦:AGRISTは、2019年10月に創業した農業系スタートアップです。「テクノロジーで農業課題を解決する」をミッションとし、現在はAIによる画像認識を活用したピーマン収穫ロボットの企画・開発を行っています。ピーマンは、日照量が多い宮崎の名産品で、ビニールハウスで温湿度管理をすればほぼ1年中、収穫することができます。しかし、収穫は農家さんや臨時のパートさんを含めて、総出で行う重労働で、高齢化が進む農業の現場の課題となっていました。そこで、ワイヤー吊り下げ式の自動収穫ロボット「L」を開発し、人手不足の解消と生産管理、品質の向上などを試みています。ロボットは現在試作6号機で、2022年の秋には完成版を商品化する予定で日々検証と開発が進んでいます。
Q. 収穫ロボットの導入には、どんなメリットがあるのでしょうか?
秦:ピーマンには、大きい個体を放置しておくと、養分がその個体に集まり、同じ木に実っている小さな個体が育ちにくくなるという特性があります。そこで、適切な大きさのピーマンを適切なタイミングで収穫することが理想なのですが、人による収穫作業では1日に数十kg収穫するため、ピーマンのサイズを気にしている余裕はありません。また、人が1日に収穫できる範囲も限られており、次同じ場所を収穫するのは数日後になるため、取りこぼしてしまった大きい個体が数日放置されることになります。
そうすると植物全体が少しずつ疲れていき、結果として年間を通しての収穫量が少なくなってしまいます。
秦:私たちの収穫ロボット「L」では、AIによる画像認識を導入し、収穫可能なサイズを判定して、その個体だけを正確に収穫できます。これを、疲れることなくビニールハウス内を巡回できるロボットで行うことで、全体の効率や生産性向上に大きく貢献できるのです。ロボットが担う収穫量は、数値にすれば全体の20%程度。しかしながら、人が毎日この作業を休みなく行うことは現実的ではなく、ロボットだからこそできることだと思います。
農家とエンジニアは似ている
Q. 創業のきっかけと、現在に至るまでの経緯を教えてください。
秦:元々は、かつてシリコンバレーのIT企業で働いていた弊社のCEO・齋藤潤一が、宮崎県新富町の地域商社「こゆ財団」に招聘されたことから始まりました。地元の農家さんと「儲かる農業研究会」を立ち上げ、ヒアリングを重ねるうちに、農家の作業効率向上には収穫作業がネックになっていることがわかってきました。近年では農業のIT化も進み、生育状況を見守るロボットの導入や農薬散布の自動化なども進んでいます。しかし、生育状況を確かめながら行う収穫作業は、人の経験値と確かな目が必要で、自動化できない分野でした。この課題をもって齊藤が、当時私が所属していた北九州工業高等専門学校に講演に来る機会がありました。そこで齊藤と話をして意気投合し、私もAGRISTにジョインすることになりました。
秦:私自身、高専で7年間機械工学を学び、エンジニアリングの力で世の中を変えられる可能性を信じ始めた頃でした。そこに、具体的な課題を持った人が現れて、手を貸して欲しいと言ってきている。であれば、参加しない手はないと思いました。農家さんは、野菜や土、水、その他あらゆる環境を熟知し、制御し、収穫につなげようと努力している。この姿勢は、エンジニアに近しいものを感じ、強く共感しました。このロボット開発が成功すれば、日本の農業全体の生産性向上に貢献できるはず。そう思ったのは私だけではなかったようで、高専の出身者の他、全国から優秀なエンジニアが集まり、現在では20数名の組織で、開発にあたっています。
技術を過信せず、シンプルでタフなものを作る
Q. 知財化への工夫や取り組みについて、教えてください。
秦:ロボットなどハードウェアの開発には、莫大な初期投資が必要になります。知財化によって、外部に対してこの研究の価値を分かりやすく示すことができ、資金調達につなげやすくなるのが、まず大きなメリットだと思います。またエンジニアの観点からすると、膨大な開発時間をかけたものが知財としてひとつの形に整理され、まとめられることには努力が報われる感覚があります。新分野の研究においては、新しい技術を確立して世の中に普及してほしいという思いと、膨大な時間を注ぎ込んで開発したものが他社に真似されては困るというジレンマが、常にあると思います。知財化することで、そのジレンマに陥ることなく開発に取り組めるのは、エンジニアのモチベーションのためにも大事なことだと思います。
Q. 開発における困難や苦労について、教えてください。
秦:ピーマン収穫ロボット「L」の画期的な部分は、まず地上を走らせるのではなく吊り下げ式にしたこと。そして、収穫ハンド部分の仕組み。この2点にあるのですが、それは両方とも、共同開発に加わってくださっているピーマン農家の福山望さんの提案によるものです。福山さんは、農家でありながら新しい技術に貪欲で、どうすれば効率的な農業ができるかをいつも考えている方です。エンジニアは、ともすると過剰に機能を加え、複雑にしたがります。しかし福山さんは常に収穫の現場で使えるものかどうかの観点で判断してくださいます。複雑にするほど導入コストも高くなり、壊れやすくもなる。本気で日本の農業の生産性を高めていくなら、農家さんにとって徹底的に便利なものでなければならない。その点はとても勉強になり、今でも日々向き合っている課題です。
農家という仕事にもっとリスペクトを
Q. 今後の目標や、達成に向けた努力について、聞かせてください。
秦:私たちはまだ創業から2年の若いスタートアップです。創業当初は、あくまで脳内のシミュレーション上でピーマン収穫ロボットが作れると信じていただけの状態でした。でも、実際に福山さんたちと開発を続け、ピーマン収穫ロボットは現実的になってきました。あとは、それを農家さんに使っていただけるように改良を重ねていくことです。農家という仕事は、年に一度しか新しいチャレンジができない仕事であり、かつ生活がかかってもいるので、農家さん自身は大胆なチャレンジはしにくい。農家さんと一緒に開発している我々がどんどんチャレンジをしていき、動作の安定性や導入コスト、メンテナンスなど、使い勝手を追求していきます。最終的には、軽トラックを買う感覚で収穫ロボットを買うような状況にしたい。ピーマン栽培を始めるならセットで「L」も導入するのが当然、というところまで持っていきたいと思います。
秦:元来、人は食べなければ生きていけない生き物で、日々食物を作り、食卓を支えている農家さんはもっと社会からリスペクトされて然るべきだと考えています。しかし現状の農家の仕事は、きつくて不安定で儲からないというイメージ。そこを、変えていきたいのです。私自身、卒業後は新規就農も考えましたが、二の足を踏んでしまったのも、そんな懸念からでした。でも遠回りしたおかげで、エンジニアリングの技術を生かし、農業の課題解決に向かうことができています。私たちは、農業に詳しいエンジニアの集団として、農業にテクノロジーを掛け合わせて、作る人も食べる人も幸せになる農業を実現したい。いま、その第一歩を踏み出したばかりだと思っています。
- 秦 裕貴(はた・ひろき)
- AGRIST株式会社
CTO(最高技術責任者) -
1993年、福岡県福津市生まれ。モノづくりに興味を持ち北九州工業高等専門学校に進学。機械工学やロボット開発の基礎を学ぶ。卒業後、新規就農も考えたが、学内に設立されたベンチャー合同会社ネクストテクノロジーに入社。特殊用途3Dプリンタの開発や家庭用見守りロボットの開発を担当した。その後、2019年にAGRISTのCTOに就任し、宮崎へ移住。農家を助けたいという思いは、将来自分が農家になっても生きていける農業を実現したいという思いから。心の豊かさと経済的な豊かさが両立できる農業の実現を目指している。